倉石一門会・陶芸グループブログ

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S先生怒るその2 (嘆バージョン)
 倉石です。
S先生怒るその2 (嘆バージョン)です。
S先生の陶芸に対する姿勢がよくわかるエピソードです。

4年になれば、窯も学生の判断で自由に使えました。
いろんなものを焼いていました。オブジェ、器類......
その日はたまたま窯出しをしておりまして
私と数名の同級生が、それをネタになんだかんだと盛り上がっておりました。
そこへ、S先生が通りかかり、覗いて行かれました。
あーでもない、こーでもないと同級生が話しています。
その話しの中で、テーブルの上のものを「品物(しなもの)」とか、
なんとか言っている言葉に
S先生が反応されました。
私が作った少し大きめの「とっくり」を手に取って一言
「なかなか良いじゃないですか...」
「これは品物ですか.....」
「ふ〜ん、絶望的ですね」とおっしゃいました。
私が言ったのではないですが
凍りましたね.....。

今から思い出しても、S先生が、焼き物を「品物(しなもの)」と言ったのを聞いたことがありません
どんなものでも、ほとんどの場合「作品(さくひん)」時として稀に器類は
「器物(きぶつ)」とよんでおられました。
 
 陶磁器も他の分野の作品と同等である。
 どのような「器物」であっても人の手によって生まれるものは、それはある意味
 その人を表わしているののだから、
 その扱いを徹底すべきだろうというお考えから発しているのだろうと考えました。
 
 まだ、当時は焼き物の地位は現代美術の中では非常に低いもので、
 現代美術の中に懸命に入りこもうとする我々若手に面と向かって
「焼き物屋は壷茶碗でも焼いていればいいんだよ」
 そういう、彫刻家や画家、評論家が多かったのです。
 国際現代美術展等、現代美術のなかにいち早く参加されていたS先生は
 陶芸の地位向上の為、一般参加で参加され、現代美術展のなかで一目置かれる作家と
 なっておられました。
 その苦労は明治期の板谷先生、富本先生のご苦労に重なります。

 オブジェと呼ばれるものも
 器とよばれるものも
 壷も皿も、すべてその人の化身
 作り手自身がまず、そういう意識を徹底しなくてはいけない
 そうでなければ、焼き物の世界が絵画、彫刻等の分野と同等の作品をつくること
 そういう地平を作る事は難しいと思います。

 人からの願いであっても
 自分をちゃんと作れているのか.......
 オブジェは作品だけど、器は品物......別々のとか.....

 あのときのS先生の嘆きは、いつも共にあります。
「絶望的ですね..」
 皆さんは、どうですか。

 







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